寛永2年に御用鋳物師となり、仏具、梵鐘の製造に携わります。南部鉄器の伝統継承者として受け継がれ、それぞれ名前とは別に鈴木盛久の名前が受け継がれています。昭和21年おり、日展に何度も入選して、岩手工芸会初の特選に選ばれるようになります。技術力の高さや技法は国内外問わずに評価されるようになり、昭和49年には南部鉄器職人として、無形文化財の認定を受けることになります。技術保存活動にも尽力し、政府に陳情し「南部鉄瓶技術保存会」が結成され、技術を継承することに成功します。茶道具を作るために、茶道の道を学ぶなど勉強熱心な人物でもありました。
茶道具としてリボンをモチーフにした「結びの釜」なども有名で、シンプルななかにとても美しい作品を次々に生み出しています。