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雪舟

僧侶でもあり水墨画を描いた人物としても知られている「雪舟(せっしゅう)」について、誰もが一度は名前を効いたことがあるのではないでしょうか。幼い頃からその才能を発揮するもどうして僧侶の道を進むようになったのか?意外と知らない雪舟の人物像や、代表作について、ご紹介していきたいと思います。

雪舟が生まれたのは応永27年の備中国(現在の岡山県)になり、10歳のときに「宝福寺」に預けられたうえで、僧侶としての道を歩き始めます。その後、絵の才能を認められた雪舟は京都に上り相国寺にて修行に励むようになります。

ただ当時主流だった繊細な画風に馴染むことができず、34歳に山口に移転します。有力の守護大名でもある大内氏の場所にて絵に専念した生活を送ったことが、雪舟の転機になったといわれています。48歳になった雪舟は遣明船の一員として中国に渡ります。

中国の名勝を目にした雪舟は日本の型にハマることのない独自の表現方法を追求していきます。遅咲きの画家としても知られており、晩年に描いた作品のほうが、雪舟の代表作として知られています。

■雪舟の代表作は

1.  秋冬山水図

型にはまらない雪舟らしさを追求した作品になります。絵の真ん中に太い線が描かれているのは、中国の山水画によく用いられる方法になります。断崖の輪郭線をわざと強調するために描いたものになり、抽象的な要素を秘めています。

この絵を見ていると寒々しくどこか寂しい雰囲気を感じるのではないでしょうか。雪舟がこの作品を描いたのは写生によって自分のなかに携えていた自然の風景を混合させて独自の世界を作ろうとする方法です。

2. 天橋立図

日本三景の一つになる天橋立を描いたものです。明応10年~永正3年の間に描かれた作品になります。80歳を超えた雪舟が現地に足を運んで実写を描いたことでも知られています。確実に形を捉えていること、みずみずしい墨色など雪舟の画技の極点を示しています。

中国大陸で描き続けた実績があるからこそ、雪舟が描けた作品といえるのではないでしょうか。雪舟の傑作としても知られている作品になります。

・まとめ

雪舟の作品を知ると、意外と見たことのあるものも多く驚く人もいるのではないでしょうか。生涯、絵を描き続けているからこその技術力の高さは定評があり、どの作品も素晴らしいものばかりです。国宝として指定されているものも多く、作品の一つ一つに意味があると考えると味わい深い作品ばかりです。

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